低気圧

 

 

少し風の強い日に、ナミは手すりにもたれて冷たい風が海を撫でるのを見ていた。
灰色の雲が青空を覆って薄暗く、普段はアクアマリンのように透き通る海も黒く底が見えない。海の表面で、風が小さな波を作リ続けている。

細かい波がいくつもいくつも出来て、水平線の向こうへ消えていった。

気圧を肌で感じるナミは天気に気分を左右されやすい。
こんな天気の日は機嫌が悪いことを知っていて、あえて声をかけたりは誰もしない。それにこんな日は、ルフィに声をかけられるのをナミが待っていることも誰もが知っていた。

ナミは後ろから近づいてくるルフィの気配を感じて嬉しい反面、鬱陶しさを感じて頬杖をついた。低気圧は空から身体を押しつぶすように迫ってきていた。
重力は増し、もう一歩も歩けないような気すらする。

ルフィが風を切るスピードで近づいてくるのを感じる。
黒い大きな雲が近づいてくるみたいに。

「あんた、私のこと好きなんでしょう」

振り返らないで聞いてみる。すぐ後ろにいるのがわかっていたから。

「オレはお前のことが好きだ」

ルフィが言った。

幸か不幸か、私は言葉というものを信じないので。言葉なんて信じられない、と思う。
だって、言葉なんていつも確かじゃない。約束は守られない。

ルフィが足音を忍ばせて、そっとナミの横に立つ。
夜の霧で染めたみたいに真っ黒な髪が、強い風に引かれているのが横目に見えた。
からすの羽は今にも千切れて空に舞い上がってしまいそうだ。

「飛んでいってしまったりしないで」

呟いた声も風に千切れてしまって。

「飛んでいったりしない」

言ったルフィが、どんな顔をしているのか確かめるのも嫌になってしまう。

幸か不幸か、ルフィは言葉というものを信じないので。いつだってどんな状況だって、お構いなしに言葉を超えて来てしまう。ナミは抱き寄せられたルフィの腕の中で思う。

言葉なんて信じられない。

少しは抵抗してみせたくて、ルフィの胸で両手を突っ張ってみるけれど。抵抗に意味なんて少しもないことが分かってしまった。ルフィの腕は強すぎて、熱すぎて。
ナミの両手は二人の熱で溶けてしまって、何も感じなくなっていく。

「離れてしまわないで」

何度も同じ会話を繰り返しているのに、少しも信じることができない。

「離れたりしない」

ルフィはいつも同じ答えを返してくれるのに。
今はただ、この熱さだけが想いの証。

 

03/9/28→05/5/11改訂

 

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