必要なもの

 

 

――どこへ行こう

ゾロは、白い霧に包まれて立っていた。
自分の足先すら満足に見る事はできない。

「たぶんあっちだろ」

適当な方向に定めをつけるとゾロは歩き出した。

 

――霧が濃いな・・・

これでは目の前が断崖絶壁でも、落ちるまで気付く事はないだろう。
ゾロはそう思いながらも歩く速度は緩めない。
それどころか、焦りのためどんどんスピードを上げていっている。


――どこへ行ったらいいんだ

ゾロの足がぴたりと止まった。
その瞬間、大きく足元が揺らいだ。

 

 

ゾロの目の前には、天頂に輝く太陽の光を受けて、
美しく光る海が広がっていた。

真下では、岩盤にぶつかり砕けた水の粒たちが眩しいほどに白く輝いている。

浮遊感。

 

 

「ってどぅおぉい!!」

ゾロは腕を回してどうにかバランスをとると、地面へと尻餅をついた。
青く茂る草たちがクッションになったようで痛みはない。
うなじと背中から冷たい汗がどっと噴き出す。
心臓が驚くほど速く、力強く、鼓動している。

「はぁ、はぁ」

「崖かよ・・、あっぶねぇ・・・」 

ようやく少し落ち着いて周りを見渡せば、切り立った崖の最先端にゾロは居た。
そのまま目の前の海に見入る。
果てを知らない海が、さんぜんと輝いている。
ただ、その美しさに圧倒される。

 

「ゾロ・・・!」

 

細い声がゾロの名を呼んだ。
びくりと肩を震わせたゾロは、自分の前に、手があるのを発見した。
その手は懸命に土を掴んでいるが、身体はすべて崖の下だ。

「大丈夫か!?」

反射的にその手に駆け寄り、しゃがみこんだ。
腕を伸ばして細い二の腕をしっかり掴む。
そして上へと力を込めた。
しかし、その身体はぴくりともしない。1ミリとして持ち上がることはない。


――重い・・・・!!

真っ赤な顔を更にぐしゃぐしゃにして、ゾロは力を出し続けた。

「無理だよ」

「くいな・・・・」

          

そこには二十歳ほどのくいながぶらさがっていた。

「そうよ」



「ゾロ、あんたは私を助けられない」

「どーしてだよ!!」

くいなは口の端を軽く持ち上げた。

「何故なら、・・・あんたが子供だからよ。
小さくて、弱いからよ」  
   

ゾロは自分の手がひどく小さいことに気付いた。
それどころか、身体のどこもかしこも細く、小さくなっている。
          
その時くいなが手を離した。
ゾロの手の中を腕がすり抜けていく。
くいなは驚いた表情をしていた。

          

ゆっくりと、何百段と続く階段の踊り場から、少女のくいなは落ちていった。
階段の終わりは見えない。
真っ暗な闇へ吸い込まれるように消えている。

          
血が凍った。
脇下から全身にかけて冷たいものが走る。
指先までが凍りついていて、身体が動かない。
波音はとっくに消えていた。
口を馬鹿のように開いて。
目だけは閉じる事もできずに、転がり落ちていく、くいなを見ている。


耳元でひゅっと鋭い音がした。

くいなの落下が唐突に止まり、逆回転するかのように、ゾロのもとへ飛んできた。
          
「受け止めろ!」

ゾロは我に返ると、くいなを全身で受けとめた。

ばちんっ

「くいな!」

青ざめていた顔はみるみる生気を取り戻していく。


          
「ゾロ・・・・、助けてくれたのね」

くいなはゆっくりとまぶたを開くと、涙を流した。
ゾロの横ではルフィが得意そうに腕をぐるぐる回していた。

         

「おぅ!助けてやったぞ!」

ルフィが満面の笑顔で応えた。

 

 

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