赤の残像

 

 

この島には、恐ろしい毒を持つ蜂がいるらしい。数少ない生き残りの人々から聞いた話だ。

その蜂に刺されると、数日の間に高熱を発し、苦痛の中で死んでいくしかないのだという。
それまで見向きもされなかった蜂が、死の象徴となって人々を脅かした。
人々は蜂を恐れて島中の巣を焼き、見つけた蜂を皆殺しにした。そのうちに蜂は全滅したかのように見えたのだが。

おれたちが島に上陸する直前に、蜂に刺された時と同じ症状を訴える少年が現れた。
姿の見えない蜂を恐れて、人々は混乱の只中にいる。島の財産を差し出すから蜂を退治してくれ、と老人は言った。

もちろんナミは快く了解し、自分は船に篭るから蜂を退治して来い、とルフィとおれに命じたのだった。

「サンジくんは私たちを守ってね」

ルフィは言われなくても蜂を見つけるつもりだったようだ。さっさと船を降りて森に入っていく。慌てて追いかけると、虫籠と網を持ってキョロキョロしているのが見えた。

「蜂には気をつけろよ」

言ったって聞きやしないことなんて分かっているけれども、あまりに無防備な姿は人を不安にさせる。

藪を掻き分けて進んでいると、何かの羽音が聞こえた気がした。目を凝らして周りの気配を探る。ルフィの肩の辺りで、蜂のような虫が飛んでいるのが見えた。
迷わず刀に手をかけ、鞘に収めると、蜂はルフィの足元に落ちて二つに割れた。

危うい場面を切り抜けられた安堵に浸る。ところが、蜂の死骸を見たルフィは怒りに満ちた声で叫んだ。

「ゾロ!お前、何やってんだよ!」

「何って…その蜂は危ねーから殺したんだよ」

「ものすげー珍しい蜂だったのに!」

どうやら本気で怒っているらしい。足元を見つめながら握る拳が震えている。
不注意を叱るのはこちらの役目なのに、何を言ってんだ。
と、震える拳が突然目の前に迫ってきた。

「どわっ!」

頭を下げて避けると、また拳が向かってきた。

「蜂の仇討ちだー!!」

ルフィは叫びながらパンチを繰り返している。

「ちょっと待て!あの蜂はお前を殺そうとしてたんだぞ!?」

「まだ殺してねー!」

何を言ったってルフィは聞き入れないで、ただパンチを繰り返している。
巻き添えをくらった木々は倒れ、凄まじい轟音を立てた。
今頃、村や船にいる連中は、森の中で何が起こっているのかと噂していることだろう。
こいつはいつだってこうなんだ。人の気持ちを察することなんてできない。

「おれはお前のためにやったんだ!」

始まった時と同じように、突然ルフィのパンチの嵐が止んだ。
やっと状況を理解してくれたのか、と言おうとするとルフィが口を開いた。

「お前がそんなことを言うから、いつか、おれはお前を殺すよ」

その言葉は、これまで感じた安堵と比べようもないほど心地よく身体を包んで、膝の力を抜いてしまった。座り込んでしまうと、頭を持ち上げることすらできなくなった。
ルフィの足音が遠ざかっていくのが聞こえる。

身体に力が戻った時には、木々の陰に紛れてルフィの姿は見えなくなっていた。
蜂の死骸は、自分を守ろうとした者によって踏み潰されて地面にへばり付いている。

見下ろした土に滲んで映っているのは、ルフィの残像。
それは、紛れもない生の証明だった。

 

04/2/4→05/5/11改訂

 

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