太陽に近すぎた島
森を抜けると、静まり返った大地に集落の焼け跡と巨大な静寂が広がっていた。 いまだ燃え跡から漂う煙のせいで、焦げ付いた匂いが体に染み付いて離れない。 唾を吐くと、ゾロは顔を上げて船に戻る道を目で探す。来た道なんてとうに忘れてしまったが、小さな島だ。歩いていれば、そのうち船に着くか誰かに会うだろう。 蜂を恐れた人々によって集落が焼き払われたかもしれないことも、もうどうでも良かった。自分は死者を甦らせる言葉なぞ語れず、死者の口から何が聞けるとも思えない。 「ちっ」 灰色の煙が細い糸のように見える距離で、ゾロは高台にある集落を振り返って仰いだ。 どこから尾けられていたのか 、仇討ちのつもりなのか、助けを求めているのか。 「あんた、海賊だろ」 「そうだ」 「分かってるんだ。あんた達が村をむちゃくちゃにした奴らじゃないって」 「…そうか」 ルフィはどうしているのだろうか。森で別れてからは足音も聞いていない。 「村の反対側の沖に一人で出てたら、煙が上がって、鉄砲の音が聞こえて」 「ああ」 「体が動かなくて、何の音もしなくなってから、やっと手が動くようになって 」 震えが細い腕から顎へ伝わり、小さな歯をがちがち言わせている。 「一週間は経ったと思ってた。でも、まだ煙は上がってたし、何も食べる気がしなかった」 子どもは震える手を握りしめながら、とりとめなく話し続けている。 「何にもなくなってた、何にもない村だったのに、本当に何もなくなってた」 そこまで一息に言って、ゾロを見た。 この集落で唯一生き残り、生活に必要な一切を奪われて、幼い子が一人で生きていけるはずもない。祖末な船で、どこか遠くの陸地を目指して旅立たない限り。 「でも、あたしは臆病者なんかじゃない」 その時になって初めて、目の前の子どもが少女であることに気付いた。丸みを帯びた膝が、柔らかく光る焼けた肌が、細い身体の中に女である証を見せつけている。 「つれていって」 目眩がした。 「つれていって。立派な海賊になるし、人だって殺せるようになるよ」 「おれは…むやみやたらには殺さねぇんだ」 「そんならなおいい。邪魔になるようなことはしないから…だめなら、ここにずっといて」 「それは、無理だ」 「なんで」 「なんでかって…それは…」 なんでだ? 「ひ、ぃ…っ」 突然、少女の喉から引き攣れた声が漏れた。 「助けて!殺さないで!いやだ!殺さないで、殺さないで!」 ルフィが仲間であることを説明しようとするが、少女は膝をついて頭を抱えたまま叫び続ける。肩を支えてやりながら、気を悪くしているんじゃないかと思い、ルフィを見た。 「ルフィ、悪いな。何か勘違いしてるみたいで」 「ふーん?もう戻ろうぜ」 その途端、少女が強くゾロの腕を掴んだ。噛んでぎざぎざになった爪が勢いよく筋肉に食い込む。驚いて向き直ると、少女は強い憎しみを込めてルフィを睨みつけていた。 「ゾロー、帰んぞ」 「帰らないで!」 「ああ、でも、こいつが…」 少女はゾロの腕を掴んだまま必死に懇願している。ゾロは立ち上げることができない。 「お願い!帰らないで!ここにずっといて!」 「悪ぃが、それは無理だ」 「どうして!」 「どうしてって…」 どうして、答えが出てこないのだろうか。 どうして、ルフィは少女を助けようとしないのだろうか。 どうして、こんなに頭が痛いのだろうか。 少女とゾロの声が重なった。 「この島に蜂はいねぇ。早く、戻ろう」 あれほどひどかった頭痛が急速に引いていく。今なら、立ち上がれる気がする。 ふと見ると、足下では少女が戸惑いを隠せない表情でゾロを見上げている。 船が見えてくる頃には、日が落ちようとしていた。 「どこにも蜂なんていなかったっていうじゃないの!」 ナミが怒りを込めた握りこぶしで机を叩いた。 「不治の病なんかじゃなかったよ。あれはただの流行病だった」 「気持ち悪いったらなかったのよ!蜂が怖い怖い言いながら、外で船の中を伺ってるの!」 シャワーの最中に覗かれたらしいナミの怒りは当分収まりそうにない。 ルフィの姿を探すと、いつものようにメリーの上に座っていた。 「おれと来るなら、お前は誰も連れて行けないよ」 体へ染み渡るように、ルフィの独り言じみた呟きをゾロは理解した。 「お前を連れて行ける奴も、おれ以外にいないんだ」 そんなことゾロはずっと知っていた。ルフィと会う前から、死者の影に怯え始めた頃から、ただ一人だけが自分を連れて行けることは分かっていた。 しかし、ゾロを死の国へ導けるのはただ一人の死神。 ルフィの乾いた唇を指でなぞると、細い腕がしなって首筋に巻きついた。緩く抱きしめられているのに、心臓を鷲掴みにされているようだ。 眩しさにつむった瞼の裏には、冷たい赤の残像。
05/05/11
|