あの鐘を鳴らすのはあなた
色とりどりの布地が風になびいている。 その中でも一際目立つ女が一人。 周りの女たちが笑い声を上げる中で、その女は一人寂しく微笑むだけ。 そう、神々をも魅了する瞳を持つ女。古の女神の化身。) 「…おれの、ラキ…」 「カマキリ、そんな所で何やってんだ」 テントの陰から覗き見をしていたモヒカンが震えた。 「ち、ち、違うんだ!こ、これは、そのっ」 「また、ラキウォッチングか…」 ブラハムは呆れた顔でカマキリを見た。 カマキリがラキをストーカーのように追い回している所を目撃するのは、これが初めてではない。
ストーカーと言っても特に危害を加えるわけではなく、ただ物陰から見ているだけなので注意しなかっただけなのだ。 「お前、そんな所で見てないで直接話しかけたらどうだ」 「そ、そんなこと、出来るわけないだろっ!!」 「じゃあラキは諦めろ。おれが女の一人や二人、紹介してやるから」 「…おれには無理だ。お前と違っておれはモテないからな…」 はっきり諦めろと言われて落ち込んだカマキリは呟いた。 知り合った子の誕生日や記念日は絶対忘れずに、当日は花束の一つも贈り、愛の言葉を囁いたりする。その記憶力の良さは、林家某と比べても何ら遜色がないのだという。 「まあ、とにかく会うだけ会ってみろ。話はそれからだ」 「…おれよりゲンボウに紹介してやってくれ」 自嘲的な笑みを口元に浮かべて言ってはいるが、そこはかとなく希望が込められているのをブラハムは感じた。 「ゲンボウの奴、彼女が出来たらしいぞ」 「……えっ!?」 ガクーンと顎を落として絶句しているカマキリを気の毒そうに見ながら、ブラハムは続けた。 「しかも、付き合って結構経つらしい。お前に言いづらいから、それとなく伝えてくれって頼まれたんだ」 「そ、そんな……」 「確かに伝えたぜ。ゲンボウのこと、あんまり悪く思うなよ」 ついには木の根元に両手を付いてしまったカマキリを残し、ブラハムはそそくさと退散した。
カマキリは、走馬灯のようにこれまでの人生を思い返していた。 意中の人に猛烈アタックをかけてはフラれ、諦めきれずに追いかけては振り払われる人生。 「私、ワイパー(あるいはブラハム)が好きなの」 と言われるのが常だった。そこまで考えて、カマキリは胸の苦しみにうずくまった。 ああ!おれって生きてる価値ないのかも… 蟻に語りかけ始めた所で、ふとカマキリに陰が差した。心配したラキが様子を見に来てくれたのか!? ブバ!と突風が起きるほどの勢いで顔を上げたが、 「なんで体育座りで蟻の行列見てんの?怖いよ?」 「なんだ、アイサか…」 そこには瞳を輝かせたアイサが立っているだけだった。 涙と汗でべちょべちょになったカマキリは、アイサの様子なんてお構いなしに思いっ切り鼻を啜り上げてから、再び視線を落とした。 (こいつは、まだまだガキだ。話にならねぇな……ん!?いや、待てよ!) カマキリは、改めてアイサの顔をじっと見つめた。アイサは目を逸らした。 (今はこんなちんちくりんだが、これから先はわからないじゃないか。シャンディアの女たちは、代々美しい者が多いと聞く。
おれもその頃には、女たちの人気をワイパーと二分するくらい、モテモテになっているだろう。
なぜなら、歳を取って若い頃にはなかった男の色気が増したからだ。 幼馴染の兄貴分が急に恋愛対象になって戸惑うアイサを、おれは優しくリードする。 墓標に、おれとアイサがいかに愛し合っていたかが延々と刻まれることは、まず間違いない。葬式は村総出で盛大に行われ、あらゆる者がおれの死を惜しんで嘆き悲しむ。 『あいつは、この世で最高に強く、気高い戦士だった』と。 歳を取っても変わらず美しいラキは、冷たくなったおれの頬に唇を寄せて、静かに最後の告白をする。 『本当は、あなたのことを一番愛していたのよ』と。
そう、いつか……
「……ぇ!ねぇってば!あたい、もう行っちゃうからね!?」 我に返ったカマキリは、鼻水をすすり上げながら充血した瞳でアイサを見た。 「アイサ…大きくなったら、おれと結婚するか?」 「やだ」 即答だった。 それはまた、別のお話。
04/03/04→06/03/29改訂
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